気づきの成功学

  • 2011/04/05(火) 18:37:09

「気づきの成功学」

金子@東京です。
フィリピン、マレーシア、台湾のたびを終えて、東京に戻ってきました。
あいかわらず体重は35〜36キロ程度ですが、元気です。

先日父親の仕事の取引先の方と会食をいたしました☆
「気づきの成功学」という本を頂きまして、たった3時間で読破いたしました。
昨日の帰りの電車において、「気づきの成功学」の本を開き、
今日の朝の電車通勤の中で、早速読破させていただきました。(今日も永田町です。)
本当に今の私に必要な本であり、まさに自分の最適のサプリメントでもあり、頂いたことのチョイスに感銘を受ける限りです。

以下は

『旅をして、客観的に自分を見つめ直せる』というテーマのもと盛り上がりった。
それこそ、『気づき』。
まだマザーノートに自分の言葉でまとめたり、言葉を抜き出したりはしていないが、
本を読んだ感想を一言で述べさせていただくと2点に集約される。
(1) 如何に『気づき』が大切かということ、
(2) 自分が積極的に本気になって生きていかなければならない。

一点目の『気づき』の大切さに関して。
先天性の股関節の病気、
東京での、親元はなれた一人暮らし。
様々なことを経験し、一つ一つのことが、自分の力になっていく。
辛い思いを経験したからこそ、
股関節の手術をうけ、そのあとに味わった、歩ける喜び。
麻酔からさめたときの食べる喜び。
それこそ、痛みを通じた『気づき』なのですね。



二点目の、本気で生きる、ということに関して。

いつの間にか、大人になるにつれて、手を抜くことを覚えてきている自分がいた。
それこそ、アルバイトなどを通して、“時給”の中で“働く”という概念に触れ、
“だめな大人“の中に埋もれて、手を抜くことも覚えはじめていた。

いままでなんとなくもやもやした思いなどがあった。
昨日も自分はお話いたしましたが、大人には「すごい人」と「だめな人」がいると思っていて、もちろん一緒に会食した方は
尊敬すべき大人で、それこそ、だめな大人にはなりたくない。
でも、「すごい」と「だめ」の違いもはっきりせずにいた。
『気づきの成功学』の第7章に、「だめな大人」の3要素が記載されており、まさにその通りだなぁ、と思いを具体化することができた。
終章に記されていた三要素はものすごく勉強になった。
1)人間は不完全な存在であること。
不完全だからといって開き直ることなく、立ち向かっていかなければならない。

2)時間は有限であること。
限られた時間の中で生きる。旅は人生の縮図という話をしましたが、まさにその通り。
そして、一日一日を大切にすることができなければ、一生の時間を大切にして生きることは出来ない。

3)自分の使命と志に気づくこと。
自分は、自分の闘病記をブログに載せたり、また患者同士と会って手術を控えている同年代に情報を提供している。
またエイズ予防啓発の学生団体サークルに所属し、ボランティア活動にも取り組んでおり、
それもまた“健康に生きる”ことや幸せに生きるために、正しい恋、付き合い方を同年代に広げて生きたい、という思いがあって行っている。



人との出会い。
それは自分で『選択』したことなのかもしれない。
しかし、この出会いは、自分の目指すべきベクトルを修正いただき、そして将来に向けての新たながんばるエネルギーを与えてくれた。
人のためになら、頑張れます。そして本気になると、人生が楽しくなる。
好奇心旺盛な自分の原点に戻れたような気がしている。
手を抜いて生きることも出来る。でも、せっかくなら、本気で生きてみたい。
単なる平凡な人生じゃなくて、
怒られることも、悲しむこともあってもいい。その分の喜びを感じられるなら、それに越したことはない。

本の終章に記載されていた、最後の言葉が印象的だった。
_________________________________________
気づきの本質とは、相手やまわりの人の欠点に気づくということではない。
相手や周りの人に対する、天地自然に対する、生かされている自分に対する、
反省の心と同時に生まれる感謝の心。これが気づきの本質なのです。
両親をはじめ、人がどれだけ自分に尽くしてくれたかを感謝する心。全ての人たちに対する感謝の心。これが気づき。
_____________________________________________
自分の中に“潜在意識”としてあった自分にとっての価値観や概念が、『気づき』という言葉によって体系付けられたように思った。
―周りの人に感謝するということ
―痛みを乗り越えて、人の痛みが分かるようになるということ
―自分の人生、責任を持って生き抜くということ
―人脈と出会いに感謝するということ
―旅行などリスクを伴う挑戦をすること。

一度きりの人生、悔いのないものにしなければならないですよね。
手術を受けたとき、“悲劇のヒロイン”でいたいと思った。
足が悪いというのは『運命』であって、ただ誰からも、優しくして欲しい。同情して欲しいと思ってた。
でも、同情してもらっても、何も変わらないし、足が悪い、というものは、『選択』して生まれ持ってきたのかもしれない

議員事務所での秘書のバイトですが、意欲的にやればやるほど、どんどん楽しくなってきた。
だから今日が最終日なのが、なんともいえない思い。
本当に、意識の違いで、毎日がものすごく変わってくる。
何だかものすごく不思議な感じ。

旅を通して学んだこと、気持ちの整理にちょうど悩んでいたとき、
まさにそのタイミングで、今回の再会を果たせたこと。

本当に、全てに、ただ感謝している。
そして、幸せに生きなきゃいけない使命があるのだな、と実感。

大学をさぼっても情報をくれて、支えてくれる大学の友達に、

こんな私を雇ってくれて、いつも仕事を任せてくれる。
温かくてユーモアな議員事務所の秘書さんたちに。

私をここまで育ててくれた親に。

すべての人への感謝を忘れずに、生きていきます。

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