島根初上陸!

  • 2012/08/23(木) 11:15:18

8月23日木曜日。

今日の夜行バスで島根にいってきます。
そうです、医学部学士編入です。

ころいど、諦めちゃいませんよ(・∀・)
気持ちで負けない。頑張っていってきます☆

検索ワードで多いもの。
◆摂食障害
←2010年9月~2011年4月まで拒食(minimum 体重155cm 34kg)
 2011年5月~2011年12月まで過食嘔吐
2012年1月~2012年3月まで過食(1食で7,8人前は余裕。体重66kg)
→主に気持ちを自己満足で綴っています☆

◆股関節(AAO,THA,RAO)
→2009年3月5日 ope AAO
→2009年3月20日退院
→2009年5月~2010年12月までリハビリの記録。
→これはメインなので、適度に見てくださいね^ω^)
 私は東海中央病院で臼蓋形成不全・変形性股関節症に対し、
 AAOという手術法を2009年に受けました。

◆学士編入
2011年秋(大学4年時)群馬大学・秋田大学医学部受験←一次試験廃退
2012年再チャレンジ!←今ココ!!

感じかた。

  • 2012/08/20(月) 11:15:50

8月20日(日曜日)

ボランティア関連でネット通じ合った方とのカフェタイム
@新宿ブルックリンパーラーのサラダランチ♡激ウマモッツァレラ!
想いを共有して夢を紡げる幸せな、大切な時間に心震える感動と出会いがありました。



『本当にかっこいい、こうなりたい!』と思える人との出逢いにただ感謝するばかり。希望というエネルギーを頂きました。

愛おしい時間。時間ってきらめくんだ。感動できる心。

★心豊かになるための習慣を積み重ねること。
★積み重ねるために、生き続けること。
こういう出会いがあるから、私は行動することと、悩むことをやめられないんだろうな。

この生命、一瞬が、誰かの光になる日がきますように。゚.+(*¨*)+.゚
未来を愛せるために、
また一歩、前向きになれました



信頼関係とは、積み重ねでしかなくて、それは実験にも、勉強にも、応用される習慣。

小さなことの積み重ねで今があること。
裏を返せば小さいことで大きな大切な何かを失うこと。

過去も、未来も愛せるように、
そのために今を愛したい。

どんな小さな努力でも、限りない結果を生じるから、信じていける。
悪い天気にも、いい天気にも、晴れ晴れした顔を。

再挑戦。

  • 2012/08/14(火) 14:56:19

8月14日(火曜日)
ころいどです(・ω・)
昨日は前橋駅をさまよって、なんと2時間帰りあるいたw
医学部学士編入の願書を速達で出すために中央郵便局いったのですが、そのあと、道に見事迷いましたね。
東に進んでいるつもりが、まさかの東西、だったり。

とりまそんなに歩けるようになった、ということでしょうか。


せっかくなので、医療に対する気持ちをコピペ。




★多様化する時代においてどのような医療従事者の姿を目指すのか。

1.これまでの学業や経歴で得たもの
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 自我形成過程である高校時代に「私はなぜ生まれたのか」という問いを模索すべく、自分を「生物」という枠組みで対極的に俯瞰したいという好奇心から大学では自然全体の生命現象の解明を行う生命科学を志し、「生命」の探求をしてきました。とりわけて分子生物学を専門とし、卒業研究では環境のストレスが動物にどのような影響を遺伝子転写発現に及ぼすかという環境生理学を研究してきました。

 しかし、「我々は細胞から構成された生命体であり、遺伝子を残すことに生まれた」という机上の学問の解釈解釈を咀嚼に抵抗感を示した私は、東京で社会課外活動に踏み出しました。NPOスタッフ、政界での学生秘書、エイズボランティア活動、国際協力などの社会活動に参画し、ま様々な人生観や価値観との出会いに揺すぶられ、社会活動の営みを垣間みることで、「私たちは細胞の生命体を超えた何かである」という確かな手応えを感じました。そして、世界の貧困健康問題をこの目で見るため15カ国以上の途上国をボランティア活動をしながら放浪し、現地の人々と、笑顔のコミュニケーションで関わり、人種や民族を超え、みんな違ってみんな支えあって生きているという「多様性」を踏まえて、「生きる」という共通事項を再認識を得ることができたのです。一人ひとりの生命が存在し、お互いを尊重し合って、社会生活を営んでいる、という体系的な思考形成に大きな影響を与えたのです。

 高校時代のときの「なぜ生まれたのか」、という答えは、そもそも、自然の摂理の中で意思関係なく成り立っており、回答を出す必要がないことにたどり着きました。そして、それらの活動を通して振り返ったときに、私は自分の主観的な性に気づきました。人が出会い、歓びという化学反応を起こす瞬間が私は好きで、そんなときに、心優しくなれたのです。「生命体を超えた何か」という何か不思議な感覚、つまり、「自分とは"ヒトが好き"な人間」という答えを会得しました。すべての生命に意味があり、一人一人が輝いて生きている、この愛おしい世界。社会の中で関わり合うことに魅力を感じ、これは「人を愛する」ということが原点である「医療」へとつながったのです。



2.今後の抱負(1で記した学業や経歴をどのように活かしていくのか)
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 学業での基礎研究を通して身につけたEvidenced Based Medicineの概念より、医学は自然科学の一部であるという客観的な認識に基づき、常識や既成概念にとらわれることなく、科学の真理に基づいて、私は医学の道を歩み始めます。
私は、難病を治せる医者になろう、という志はありません。生物学の学問を俯瞰した時に、深淵な生命に内在する心理は人間の努力や都合には影響されないものが多いことに気づきました。分子生物学的解釈で「アポトーシス」という積極的な細胞死が起こるように、老、病、死は自然界において必然なものだからです。私は先天性股関節脱臼の状態で生まれ、大学時代に3回目の手術を経験し、1年間にわたるリハビリを終え、自分の足で歩ける時間や命限りがあることを感じました。何よりもその限られた時間の中だからこそ歓びや輝きを、経験によって感じたのです。だからこそ、医師となって、生命を尊び、病気を治療し、その人の未来を切り開くお手伝いをしたい。そして何より、より輝いて生きるためのお手伝いをしたい。これが、私の目指す医療従事者の姿です。

 正直申し上げますと、私のこれまでの生き方は決して綺麗なものではありませんでした。安易なダイエットからの摂食障害を経験し、抑うつ状態を経て、他人も自分を信じられなくなったことも多々ありました。周りに流され自分を失い、自分がこんなに弱い人間だと落胆する一方で、人が支えあって社会生活を送っていること、人は強いものということも知りました。いままで私は多くの努力や人との出会い、経験や体験の積み重ねが、人生を豊かにしてくれました。私のような不器用な人間も、誰もが生きている価値があり、支えあって助け合って生きてるこの世界で、感受性豊かな自分だからこそ、人々と触れ合いながら生きる意味を模索することができると信じています。

 社会活動を通して直面した、命よりも企業や利益が優先されている、自殺率が世界の中で高い日本。医師というツールを通じて人々の命と、目の前の人の笑顔、人生、そのものと向き合いながら、人の夢をつくり、人生を豊かにする仕事がしたい。全ての生きている人々が、生きている楽しさや素晴らしさを感じられる社会をつくりたい。よりよい世界をつくるため、笑顔を通して命の輝きを感じられる多様性のある社会を創ることを誓います。





3.地域指定枠
____________________

幼いころの私には国際貢献がしたい、という夢がありました。
群馬で生まれ、育った私は好奇心が強く、大学で上京後は15か国の途上国の国々を旅し、ボランティア活動を行ってきました。
国境を越え、人々の笑顔に触れ、魅力を感じ、途上国の子供たちのために命を尽くしたい。国際協力を仕事にしたいという夢がありました。
しかし、キャリアを考えた時、日本や海外の国際協力の問題点、途上国支援の開発の怖さや覚悟を思い知らされました。
善意は自分を幸せにする一方使い方を誤ると相手を傷つけますが、
多文化共生能力が求められる言語や文化、常識が異なる海外の地で行うことの難しさをボランティアの実体験から思い知らされました。

また、国際問題を俯瞰した時に、日本国内での問題でもあることに行きついたのです。
地域での慢性疾患の増加、医療アクセス、診療報酬や保険、自費医療など、医療格差の問題は東京でも、私を育ててくれたこの地元の群馬でも起こっていることでした。
つまり、国際問題とは、私たちの生活の延長線上にあり、まずは精一杯生きること、目の前のやるべきことのの重要性へと結ぶものだったのです。

世界をよりよくするためには、人とのつながりを通して世界とつながっていき、
自分はどう向き合っていきたいのかを考え、その思いが見えた時に、自分も世界も変わり始めることを知りました。

私は股関節脱臼を持って生まれ、幼い時の度重なる手術や入院時に、優しい医療従事者の方々に支えられ、ここまで歩んでくることができました。
世界を見た今だからこそ、原点に立ち返り、群馬の地域医療に貢献したい。
子供たちのあふれるばかりの未来への希望を膨らませられるような小児科医になり、群馬の地域医療に貢献したい。
子供たちの笑顔を増やすプライマリーヘルスケアに従事した医師になることを誓います。

摂食障害と、股関節。

  • 2012/08/10(金) 11:22:15

8月10日金曜日

ひさびさの更新。
この前はBBQしてました♡



@利根川河川敷。前橋公園。

かっこいい人と記念写真ー
彼氏じゃないから安心してくださいww




さてさて、このごろ。

・毎日3.5km×2=7km歩いています。

蹴りだしができない。
股関節の骨頭の部分が動いているのが分かる気がする。

あと、足首の外側が痛い。
スクワットとか腹筋とかしているけど、
なかなか難しいな。




体重も4月からマイナス16kg :)大分おちついたのかもしれません。
一方でまだまだ、っていう感じはあって。

愛されない心とか、いっぱいあるのかもしれないけれど、
「体重」っていうのは、大きいのかもしれない。



"ころいどちゃんは、太っているから、回復が遅いのよ。"
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^


今でも突き刺さっているこの言葉。

体重が軽い方が、股関節にかかる物理的な負担は軽い。
Evidenced Based Medicine に基づいた物理の原理を知っているからこそ、心ないその言葉がつきささる。

回復が遅いのは、たぶんたまたまで、
(てかいままでのCE角がマイナスだったわけで。)
結果、遅くてよかったな、とも思っている。

【双極性障害】【摂食障害】とも戦って、投薬治療中はや4ヶ月突入。


今、ちょっとだけ、辛い。
ちょっと、やっぱり性質上、研究室があわない。
医学部の研究室にいて、医者のプライドとか、
なんとなく私に対する「精神障害者」のような目線とか、
本当かそうかはわからないのに関わらず、感じてしまう。

今は悶々と立ち止まって、一歩進んでいるつもりが、5歩後退。
でも、そういう話をすると、なんだかさみしくなるので、
今はいろんなことを受け止めようともがく日々。


**************************
心が深く傷付いた人は、
自分だけの利益のために頑張る、
ということができない。
そういう生きかたはできなくなっている。

心優しい人が傷付かずに生きていける世の中にしたいとか、
心優しい人が傷付いているとき、
その癒しになるような仕事をしたいなど、
まだ見ぬ心優しい人へとつながっていくようなことに
力を尽くすような生き方でなければ、
前向きには生きていけなくなってしまっている。
理想でいうのではなくて、
なぜかそういう体質になってしまっている。
その心を満たすような生きがいを見つける方法を探り、
それを実践できるという確信を持たなければ、
心の底から前向きになることはできない。
**************************

摂食障害で呼んだこの言葉。
本当にそうかもしれない。


やっと、好きな事が見えてきた。


手術した足で
再び歩き始めた私。

でも、見えたものは、決していいものばかりではなかった。

好奇心が強いが故に、
知らなければいい世界もたくさんあった。

他人と比べる事も、たくさん。

でも、今だからこそ、弱さも、強さも、
感じる事ができる。

たとえ、今はそう確信できなくても、いつかそう思える日がくるって信じて、頑張っていきたい。





___________________________________

....臆病な人は社交的で、あらゆることを聞き、とりあげ、解釈しようとする。
そして愚かしく、とりとめがない。
しかし、賢い人は兆候や話の余分なところを断ち切るお琴。
およそしいというものは、印象の虐殺である。
開墾だ。私は一本の木がきられるのを見ても苦にする感じやすい女を知っている。
しかし、きこりがいなければ、たちまちにして、草むら・蛇・沼地・熱病・飢餓ということになるだろう。
これと同じで自分の気分を開墾しなければならない。

(幸福論)/アラン 第23章
___________________________________


人と比べないからこそ、自分を受け止められるのだろうか。

そんなときは、深呼吸。

頑固で、思考が独りよがりになってしまうからこそ、拡大解釈したり、一人悩んだり。
そういう時はひなたぼっこしたり、気分転換したり。


いままで、頑張ってきた。
一目を気にして、頑張ってきた。
でも、最近になって空回りばかり。幸せになれない。

目の前の幸せを大切にして、
ちょっとでも自分を信じれるようになりたいな、と思いたい。
輝いている人、やりたいことをやっている人を見ると、
焦る気持ちはある。
いつか自分もできる。
今は目の前のことに、しっかりと取り組みたい。
必ずチャンスがくる、と信じたい。





夏を精一杯生き抜くセミみたいに。

伸展。

  • 2012/08/01(水) 18:24:05

8月1日。
大学院には夏休みがないのか!?
毎日7km歩いているころいどです。
正直、股関節は違和感はとれない。
歩いてて、骨盤がぶれる、っていうか、亜脱臼感。
"伸展"がないんですよ。


*****************************
伸展とは、「伸」の字のごとく、
股関節を後ろに伸ばす動作。
伸展の主動作筋は大殿筋です。
特に大殿筋は強力な伸展筋です。
(中略)
歩行の蹴り出しのときなど、
特に体重をかけたときに痛みを抱えて
おられる方には重要な動作となります。
http://bodymechanism.blog91.fc2.com/blog-entry-434.html
***********************************

まー、うまくつきあっていくしかない。
股関節に関しては、かれこれうまれてからの付き合いだ。
そうやって割り切れる。


でも摂食障害や双極性障害に関してはまだまだ投薬中。。
しゃーない。


ちなみにこの絵、自分がかいてみた!
大学院ー国際保健の授業で一緒だったインドネシアの留学生と最後のお別れ。色紙は金子が絵を描いてみた!本格的に描くのは初めて。
人と関わり、優しい人間になります。

ボランティアの詳細+まとめを書きます(^ω^)


月〜水まで、中学生の校外学習にボランティアとして参加してきました!
久しぶりに気持ちを書き留めましたのでUPします。

【リディラバ×修学旅行】

学生団体⇒社団法人リディラバ。

23日〜25日まで
成田空港周辺にて、とある公立中学校の校外学習のボランティアに参加してきました。
テーマは「社会問題を考える。」
JALの工場見学をしたり、歴史民俗博物館にいったりして、
「社会問題とは何か」を考える2泊3日の1学年総勢160人の合宿。

生徒10人のグループ、そこに大学生1人が加わり、
みんなで問題を議論し、そしてみんなで知恵を出しあいながら、1つの答えを導いていく。

JALの整備場見学、また、民俗歴史博物館の見学。
「日本伝統文化「雅楽」が危ない!」
というテーマに対して、
*何が危ないのか、
*誰にとって、どういう問題があるのか?
*それを解決するためにはどうすればよいのか。

大学生の自分がファシリしながら、クラスも違う、仲もよくない10人をまとめながら、
実質2日間でパワーポイントを用いてプレゼンを行う。
(ポストイットの使い方は教えられなかったものの)
人に聞いてもらう秘訣、プレゼンのルールを教えながら、実行していく。
地べたに丸くなって、画用紙、いや、コピー用紙に書きながらどんどん進める。

担当したKチームの子は、あまり元気がいいとは言えず、
なかなか自分の意見も持てず、最初はどうしようか、とも想った。
プレゼンは一応なれている私だけれど、でもうまくファシリができるのだろうか。

みせすはみせすなりに、軸がある。
自分の中で、このテーマだったらこう結論にもっていう、という形がある。
だからこそ、その軸にはめてしまわないかが、ものすごく不安だった。
主役は、子供たちで、自分は補助する立場でしかないからだ。

刻々とせまる、残り時間。
生徒に任せてもいいのか。
でも、自分の中でやるわけにいかないし、生徒がやることで、「成功体験」を感じてもらいたいし、
第一、自分の手が回らない。

そんな中、私がパワポの指導で一所懸命なのを見て、率先して、
「先生にきいて足りない原稿用紙もらってきます!」とか
「片付けておくね。」
とかいってくれた生徒がいたときは、本当に泣きそうになった。


最初の気持ちは、
「生徒がかわいいのなんの!!とにかく、すごーい幸せ♡」
だったけれど、日が立てば経つほどに、
「どう関わっていいんだろう。本当に、親しんでもらえているんだろうか」
という不安に変わり、
最後の最後まで、生徒が私の事をどう想っているのか、すごく不安だった。
自分自身が鬱で、摂食障害の女だったから。
(というかそういう自分が参加するのもどうかとも思う。病気の人が参加するってこと)
今の自分が、認知が歪んでいて、客観的な視野がもてない人ってことは分かっていたから。

参加するとき、この話を聞いたときに、興味はあったけど最近は億劫な引きこもりになってて、人数が足りないって言われて、
やっと思い腰をあげて、参加を決意した。
でも、最後まで、体はなんとなくだるかった。

今年の3月ごろ、私は鬱で、摂食障害で悩んでいて、
そんな中定例会でリディラバ人間と出会うことですごい助けられたところがあった。
だから群馬に戻ると決めた時に、一番くやしかったのは、こういう学生団体への関わりが減ることだった。

そしてこの三日間、参加して、本当によかった。
私は昨日大学院さぼって一人ぼーっと考えてたんだけど、私にとってかけがえのない財産になった。
他の班のプレゼンと比較して、全然対したことできなかったし、
最後まで、私がKチームの大学生でよかったのか、って今でも悩む。

全く生徒にあげれるものがなかった一方で、
死にたいと真面目に思ってた自分に、生徒からありがとう、と言われたことで少しだけ、
自信、成功体験というプレゼントだった。
こんなみせすだったけど、少しでも今回の企画の役に立てたのかな?と今でも不安。

いろんなこと、もらってばっかりの一方方向だから。


最後にプレゼンテーションをして、
生徒が前で話している姿に、私はとにかく泣きそうになった。

こんなに3日間でも、成長できるんだってこと。

そして、
「私の想いは、伝わるんだ、」ってこと。
^^^^^^^^^^^^^^

担当した生徒に、
*誰でもプレゼンはできるんだよ。
*"プレゼン"って楽しい。
*"みんなで協力して一つの答えをつくりあげる楽しさ。
*「プレゼンとは、伝えること」
*「伝えるとは、想いを伝えること」
*その成功体験を得て、自信につなげてほしい。

という私なりのメッセージをこめて、3日間接してきました。

答えのない、生きにくい社会だけど、
だからこそ、目を背けずに、
仲間と協力して生きていってほしい。

そして、この限られた人生の中だからこそ、
この今の時間を。
3日間の合宿の一瞬一瞬を大切にしてほしい。
そのときに、同時に、
人との出会いが奇跡となり、光となる。
人とのつながり、人間関係の大切さ。
初めてな人同士でも、協力して、仲良くしてほしい。
人と積極的に交わって、仲間を大切にしてほしい。
限られた時間の中で、必然性をもって出会う仲間だからこそ、
その縁を大切にしながら、
「一期一会」という言葉を噛み締めてほしい。


それが、生徒のプレゼンテーションを見たときに、
すごい、ひしひしと伝わってきた。

最後お礼を言ってくれて、
「プレゼンって楽しい!」
「僕たちでも形になってできた!」
という言葉を聞いて、

「きっと、何かしら、私の想いは伝わったんじゃないのかな」って
想ったら、それがうれしかった。

目頭が熱くなった。

「伝える大切さ」を必死に伝えたくて、
生徒からそれが伝わった時。
私が、嬉しかった。

安部さんのプレゼンによると、
【伝える】
ー分の気持ちを整理、正しく伝える
∩蠎蠅棒気靴伝える
9堝阿鯤僂┐

私が「伝える大切さ」を『伝えたくて』、そして、生徒がその「伝える」重要性を認識してくれて、「分かったよ!」っていうことを言葉で『伝えて』、私のこころを動かしてくれた。

チームの生徒たちが大好きで、愛おしかった。


最後の別れの前で、私が途上国でボランティアしたときの自分のパソコンデータのプレゼンを見せたんです。
国際協力ワークキャンプNICEというNGOに関わっていて、
その活動の一環で国際理解の授業で使ったもの。
その起承転結は以下の通り。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【起】みせす、という目の前の人が、海外をみてきて、その身近さを感じ、国際問題を認識
【承】世界がもし100人の村だったら、を引用しながら、自分たちの豊かさ、恵まれている状況を確認し、
【展】
国際問題とは日本でも起きてる地域の問題とつながっていることを認識し、
【結】国際問題とは、私たちの生活の延長線上にあり、まずは精一杯生きること、目の前のやるべきことのの重要性へと結ぶもの。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

で、これをチームの生徒に見せたときに、やっぱり、わたしは、国際協力の仕事がしたいんだと思った。途上国支援のための開発学。

そして、そのためにも、MD-つまり、医師にならなければいけないんだとも。

やっと、身近な自分の未来も考えられるようになった。

***************************
打ち上げのときに、安部さんに、
(黒い←アイライン←実は金なくて化粧品じゃなくて筆ペンだけどw)涙を流しながら、私はたしかに言ったんだ。

「私、こういうことがやりたい。
人と人をつなぐことをやりたい。
大学院、理系、やめる」。


今の私は、全く自信なくて、しかもなんか冷静に判断できなくて。

打ち上げ後の帰りの電車に揺れながら、手帳に書いた言葉たち
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
今回、本当に私でよかったのかなって、生徒に申し訳ないとか、何を与えることができたんだろうとか。
生徒を惹きつけることができたのかな。
魅力ある人間なんだろうか。
生きてていいんだろうか。
悶々と悩み、迷う。
でも、答えは自分で見つけなきゃいけない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そして、一夜あけて、私は大学院を休んだ。
どうしても、日常生活にそのまま戻りたくなかった。
この三日間で得た宝物が、しっかりと根付くように振り返りをしたときに、いくつかのことに気がついた。
1つ目は、人が好き、という天性。
2つ目は、人と比べても仕方ないということ。


◆一つ目。
私は、人が好き。子供が好き。
いろんな人と話す事が好き。

閉会式で、先生が挨拶で「人間関係」を説いていた。
ずっと、子供はもらう、大人は与える、みたいな構図を想像していたけど違った。
子供から大人も(今は大学生だけど)想像するんだ。

いつも、笑顔でいたい。
そういうことが好きな、"人種"なんだと思う。それって、もしかして能力なのかな、って。

誰かの人のことを想うと、心が優しくなれる。穏やかになれる。
人との出会い、そして喜びを大切にしたい。

誰かを喜ばせたい、
誰かのためになりたい。
それが、自分の幸せになる。
---花を咲かせ、力を使おう。人生を自分で感じたまえ。

◆二つ目。人と比べない。
これは、合宿の前泊で藤田くんが東洋経済読んでて、
それに書いてあった、アランの幸福論。
合宿から帰ってきて、本屋で早速買った。(今年の目標は本を読むこと!だし) 人と比べても仕方ない、それは時間の無駄の何にでもない。
それがしっかりと認識できたのは、生徒との交流を通して。

みせす担当のKチームの中学生は、そこまで勢いのある子たちじゃなかった。
でも、彼女、彼らは、自分の最大限、一生懸命やっていた。


今日、私は摂食障害の専門医のカウンセリングをうけてました。二週間に一度の、一時間。
そこでも話題にでたんだけど、どうしても早く治そう、治そうと思って、焦ってしまう。
そして逆効果。
病状がひどいから治りが遅いとか、そもそもそういうものではなくて、誰にとってどれくらい時間がかかるかは、その人次第。
そして、それは必要な時間。

だから、無駄なんてない。

自分探しを、一ヶ月の旅でできるか、はたまた一年の世界一周でできるか、または半年の休学でできるかなんて、誰にも分からないし、答えのない。比べ用がない。
完璧主義で、競争社会で生きてきて、学歴含めコンプレックスの塊だった私に、すーっと腑に落ちたんですよ。

ファシリテートもうちの班は、ポストイットをほとんど使わなかった。それは生徒のタイプ的に途中で使い方を切り替えたんだけど、一方でそれでよかったのか、
私が担当した班の生徒が、他の班のやり方を羨ましく思ったりしなかったか、とか不安にももちろん思った。
でも、比べ様がない。
時間はその人にとって必要な時間が決まっていて、成長をとめなければいつかヘイフリック限界までたどり着くようです。

大人が偉いなんてないし、
それこそ、「人間関係」の社会で、give and takeによって、社会は作られているんだな。
人を思いやる気持ち。大切なことを学びました。

心とは、喜び。
花のやさしさも 海の果てない深さも、私は知っている。
ただ、他の誰よりも愛されることを知らないだけ。

だから、愛されて、私は、幸せに感じた。


股関節が悪いということ。
股関節の手術をきっかけに減量と向き合い、勢いあまり、拒食から過食という摂食障害となった。

病気を選んで生まれた。
希望を持って生まれた。
心を感じるということは、勇気が出る。

風は流れて、風になる。
心の事は、いろんな人が、いろんなことを信じる事によって
不思議は起こる。
だから、不思議を信じていきたい。