時間の積み重ね。

  • 2011/04/28(木) 09:44:01

2011年4月27日 23:30
ストレス過食。。。。
拒食症からの過食症になりかけてます。
悔しいくらい、いま海苔を食べてますw


┏┓ 時系列的報告
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★2月28日~3月28日まで、台湾、マレーシア、フィリピンにいってました。
台湾ではエイズ孤児院ボランティア、
マレーシアではグヌン・ムル国立公園の熱帯雨林を経験。
障害者のボランティア。フィリピンではゴミ山【バスーラ】にのぼり、そして、スービックにある売春婦の孤児院のボランティアを経験しました。

★4月4日。
スチールコンベアーの第一人者と、お会いし、人生について語りました。

★4月5日。
約1年にわたる、議員事務所の秘書生活が幕を閉じました。

★4月6日。
大学4年、最後の歳。研究室での生活がはじまりました。
今は、9:00~18:00まで大学の研究室生活。

★4月3日〜9日
横浜県議会選挙、うぐいすのお手伝い。

★4月10日
群馬の家族が上野にきて、みんなで花見。おばあちゃんも、ごろごろを使いながら
元気に動いていた。台湾に連れて行きたいな。

★4月18日
大学の研究室、イボニシという貝の採集@小田原!

★4月17日~4月23日
地方統一選挙、選挙期間。市議会議員のおじいちゃん。選挙うぐいすを一週間手伝う!



★4月24日。
地方統一選挙。
負けてしまった・・・。あと、32票。


┏┓ 拒食症ネタ(実況中継)
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今パルメザンチーズの過食....。

ほんと、私、人間として腐ってる。
これが本当の摂食障害なんだな、って思う。
肌のこととか、幅の事とか、化粧のこととか、伸長のこととか。
はたまた今気にしてしまうのは、食事のこと。油のこと。カロリーのこと。
気にしなければもっと楽に生きれるだろうに、なのにいろいろ気にしてしまう。

こんなに食べ物の事を考えてしまうのは、はっきりいって、拒食症。
摂食障害で身体が飢餓状態になってしまって、
四六時中食べ物の事を考えてしまっている。
入院でもしよっかなww

周りの友達でも拒食症だった子、いま過食症にも陥っている子がすごく多くて、
そのことにもびっくりした。
股関節が悪い子は、一度は悩む体重との関係。
下手に医者に「やせろ」っていわれて、周りの影響を受けやすくて、
ダイエットをして、いつの間にか、拒食症になっていく。

"食べるのが怖い。"

すごい不幸なことだけれど、そうなってしまうんだな、人間って。
狂ったように、食べ続けてしまう。

駄目だ。また、過食。過ショックスイッチ、オン。

パイと、おせんべい、そして、かりんとう。深夜に食べ出して、太るに決まっている。

これこそ、本当の"やけ食い"ってやつだ。。。
もう駄目だ。。。自分に自信がない。

・・
やってしまいました。
深夜にパン。小さなデニッシュを4つ過食。

・・・・・・


まぁいっか。

ここまできたらw

と開き直る事にしたww

うん、
しょーがない。
食べるだけ、食べよう。

ただいま台湾の餅菓子も消費。


過食嘔吐してしまう原因として、
「自分らしく生きられないつらさや葛藤があり、それを忘れようとして、過食・嘔吐をし、つらさのすり替えをおこしている可能性がある」といわれている。

なるほどねw
そうかもしれなーい。


┏┓ いかに今を生きれるのか。
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適当に生きていると、その適当さが帰ってくる。
自分にばちがあたる。
当り前だよね。

インターンシップというより、バイトをして、学んでしまった事は、
“いかに社会で楽していきていくのか?”
っていうこと。
すごくさみしいし、哀しい事でもあるけれど。

だからこそ、この一年、【勉強】というツールを通して、自分を見つめ直したい。


今出来る事は、今やる。



議員事務所の一年間。
なんだかカオスな日々で、どれも中途半端になってしまって、
自分の時間をどこまで意味のある物にできたのか、かつ、
どれだけ事務所の為に役に立てたのかどうか、って。
やってみて、後悔してる。
今になって、
議員事務所から離れて、
どれだけ自分が弱くて甘えていたかを実感しつつある。

研究室では修士や博士の人もいるので、
自分の人生を修士や博士号取得に時間にかける人。
そして、自分という存在が如何に迷惑になるか。
しっかりと勉強して、そして教養を身につけて。
結果がついてくるか分からない。まさしくただ”がんばった”が評価されない、
結果重視の研究の中で、自分を磨いていかなければ成らないのだと思う。

大学院進学のこと
留学のこと
英語力の無さ、
教育免許の単位認定。

いままで如何に、日々を適当に生きていたか。
自分に嘘ついて生きていたか。

なんだか、本当に恥ずかしい。

うすうす気付いていはいました。
適当に生きている自分に。
でも、何かと理由をつけて、自分から向き合う事を逃げていた。
はかるベクトルがないことを理由にして。

これからは、本気で自分と向き合ってみたい。
そのための挑戦の一年になるし、そうしないと、一生自分に後悔して生きていくようになってしまう気がします。
逆に今頑張らないと、いつ頑張るんだ、ということにもなる。

エネルギーは、生み出す物だ。
限りあるものではない。
好奇心によって、エネルギーは生み出される。
誰かの為になら、頑張れる。



┏┓ いま。
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そして、
一番大切なのは、
一番楽しいのは、人との関わりであって。
その人脈を何よりも大切にしたいと思う。

★自分の存在価値
★目の前の事を一生懸命やる
★本気で取り組む
★理解/慣れ/勉強
★やる気/真面目
★環境の中で自分が変わる。

一つ一つの事をしっかりとやる。その積み重ねで未来を切り開く事が出来る。
何より、そう信じている。


┏┓ 悔し涙。
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就職活動がで成果を上げてきた人たちもいる。みんな、頑張っている。
自分だけが適当に生きていて、就職活動からも逃げて、
海外に逃亡して、でも、一ヶ月海外にいたからって、その費用対効果を増大したわけでもなくて。

日曜日に選挙があって、ずっとうぐいすで応援していた人の、次次点での落選が分かって、
深夜一人、駅前で泣き崩れました。

「なんで、もっと、私は頑張れなかったんだろう」って。


久しぶりに、自分に、悔し涙を、流した。

自分の弱さを、痛みに変えて、味わった。


虚無感。むなしさ。

頑張ったからこそ、全力を出したからこそ、久々に感じた事なのかな、とか。





選挙うぐいす、正直全力を出し切っていたわけじゃなかった。
声が枯れるまで、心の奥から訴えてなかった。ご飯とか、適当に、甘えていた。

今この瞬間から逃げる事は簡単だし、
でも、毎日の積み重ねで、人生は出来ていくんだな、って。

ドットジェイピーをやっていたときは、とにかく必死だった。毎日の一分一分がもったいなかった。
それくらい一生懸命に生きていた。
その感覚を、私は忘れてしまったのだろうか。

一流の人間になりたい。
せっかく生きるなら、どんどん上を目指したい。夢を見たい。高い壁に登ってみたい。
我慢して、大きな人間になりたい。

もう少ししたら、旅の振り返りをします。



┏┓ 今後のかねこのプラン
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★5月23日~6月10日
教育実習@太女in gunnma

★7月5日〜
スワジランド。台北医科大学の研究チームと一緒にアフリカにいってまいります。

★9月からは海外の大学院の出願ピーク。
本気で、大学院のプランニングを立ててしまわないと。


┏┓ 人生のパラダイム/原点に返る
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人生には、諦めなきゃいけないことがある。
だからって、それに甘えていちゃ、何も進歩しない。
諦めるべき事。頑張るべき事。
優先順位をつけて、若い、今だからこそ、無茶してできることがある。

頑張れ、自分。

人間性を鍛え、国際公務員になる。
"夢"っていうことが、私の背中を押す。生き甲斐を作ってくれる。
一生懸命って、すごくかっこいい。

自分にとって一番大切な物は何だろうか。
【人生のパラダイム】
________________________
心の底からわくわくすることを思う。
自分のしたい事を思う。
世のため、人のためになることを思う。
「良心」と「自然の理」に沿うことを思う。
_______________________________

せっかく、股関節を手術して、歩く歓びを味わって、食べる歓びを味わって。
なのに、人間として最低な、適当な生活を送ってきた自分に、心の底から腹が立つ。
*0になる歓び。*勉強できる歓び。*したいことができる歓び。
負けるな、と自分にいい聞かせる。

生きているうちにもう一度生まれ変わる。学ぶ事をやめると、人間の成長は止まる。
ステージが高くなると、視野が広くなる。


さぁて。今日は免疫染色二日目。頑張ります。

旅の写真。

  • 2011/04/08(金) 19:55:14

ただいま日本o(^▽^)o


台湾の台北空港の待合室のソファーで一夜を明かしたら、
見事寒くて風邪ひきました(。-_-。)

そして公共料金の滞納で家で無線LANがつかえなかった(。-_-。)(。-_-。)



放射能汚染とかすごい海外で騒がれてた。
日本が平然としてて、そのことに逆に驚いてます。(。-_-。)(。-_-。)(。-_-。)


昨日は久しぶりに東京にもどってきた。
そしたらブログやミクシィを議員事務所の秘書さんにリークされて_| ̄|○




ア ッ タ ラ

ハ イ リ タ イ

((((;゚Д゚)))))))


ε=ε=ε=ε=ε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘


まさにこんな状況笑


2/26〜3/26
☆台湾☆フィリピン☆マレーシアの旅。
13キロのバックパッカーでした(=´∀`)人(´∀`=)
ほんとに歩いたり走ったりバスに飛び乗ったり。


さて。
一カ月の旅。
振り返りたいと思ったけどネットを家にて使えないから、まだ写真がアップロードできない( ; ; )

飛行機にのった回数は八回(笑



台湾/台北
*エイズ孤児院 ボランティア
*台北医科大学の教授とのミーティング
*御葬式の経験
*腐った死体を生で見る
*マレーシア人である親友との一年ぶりの再会!
*世界屈指の研究機関、アカデミアシニカの見学
*台湾の大学生との交流
*巨大な谷、一人旅!






フィリピン/イフガオ
*天国に一番近い階段 世界遺産の棚田
*カナダ人運営孤児院ボランティア

これはバロットっていう、アヒルの孵化したゆで卵★




マレーシア/コタキナバル



*障害児孤児院で、国際文化交流ボランティア

*サピ島無人島のビーチで泳ぐ!





マレーシア/グヌンムル国立公園
*世界最大のコウモリの洞窟
*森の奥の滝で泳ぐ

 



フィリピン/スービック
*売春婦などの子供の人権保護施設、子供と触れ合うボランティア
*フィリピンの刑務所見学
*女性地位向上シンポジウム参加
*世界中からきてるインターン生との交流




フィリピン/マニラ
*ゴミ山貧困問題

*スモーキーマウンテンに住む家族に食料支援ボランティア
*Jica日本オフィスの人とホームパーティー




思い出せないくらい、
毎日を必至で生きていた日々。

つよくなれたかどうかはわからないけど、
【自分の弱さ】ははっきりと自覚できた。

環境に期待するんじゃなくて、
要は自分がやるか、やらないか、っていうこと。

時間の価値
お金の価値
生活の価値


まだまだ見たいものがたくさんある。
好奇心の塊。

とりあえず元気で帰ってこれた、との報告でした( ^_^)/~~~

気づきの成功学

  • 2011/04/05(火) 18:37:09

「気づきの成功学」

金子@東京です。
フィリピン、マレーシア、台湾のたびを終えて、東京に戻ってきました。
あいかわらず体重は35〜36キロ程度ですが、元気です。

先日父親の仕事の取引先の方と会食をいたしました☆
「気づきの成功学」という本を頂きまして、たった3時間で読破いたしました。
昨日の帰りの電車において、「気づきの成功学」の本を開き、
今日の朝の電車通勤の中で、早速読破させていただきました。(今日も永田町です。)
本当に今の私に必要な本であり、まさに自分の最適のサプリメントでもあり、頂いたことのチョイスに感銘を受ける限りです。

以下は

『旅をして、客観的に自分を見つめ直せる』というテーマのもと盛り上がりった。
それこそ、『気づき』。
まだマザーノートに自分の言葉でまとめたり、言葉を抜き出したりはしていないが、
本を読んだ感想を一言で述べさせていただくと2点に集約される。
(1) 如何に『気づき』が大切かということ、
(2) 自分が積極的に本気になって生きていかなければならない。

一点目の『気づき』の大切さに関して。
先天性の股関節の病気、
東京での、親元はなれた一人暮らし。
様々なことを経験し、一つ一つのことが、自分の力になっていく。
辛い思いを経験したからこそ、
股関節の手術をうけ、そのあとに味わった、歩ける喜び。
麻酔からさめたときの食べる喜び。
それこそ、痛みを通じた『気づき』なのですね。



二点目の、本気で生きる、ということに関して。

いつの間にか、大人になるにつれて、手を抜くことを覚えてきている自分がいた。
それこそ、アルバイトなどを通して、“時給”の中で“働く”という概念に触れ、
“だめな大人“の中に埋もれて、手を抜くことも覚えはじめていた。

いままでなんとなくもやもやした思いなどがあった。
昨日も自分はお話いたしましたが、大人には「すごい人」と「だめな人」がいると思っていて、もちろん一緒に会食した方は
尊敬すべき大人で、それこそ、だめな大人にはなりたくない。
でも、「すごい」と「だめ」の違いもはっきりせずにいた。
『気づきの成功学』の第7章に、「だめな大人」の3要素が記載されており、まさにその通りだなぁ、と思いを具体化することができた。
終章に記されていた三要素はものすごく勉強になった。
1)人間は不完全な存在であること。
不完全だからといって開き直ることなく、立ち向かっていかなければならない。

2)時間は有限であること。
限られた時間の中で生きる。旅は人生の縮図という話をしましたが、まさにその通り。
そして、一日一日を大切にすることができなければ、一生の時間を大切にして生きることは出来ない。

3)自分の使命と志に気づくこと。
自分は、自分の闘病記をブログに載せたり、また患者同士と会って手術を控えている同年代に情報を提供している。
またエイズ予防啓発の学生団体サークルに所属し、ボランティア活動にも取り組んでおり、
それもまた“健康に生きる”ことや幸せに生きるために、正しい恋、付き合い方を同年代に広げて生きたい、という思いがあって行っている。



人との出会い。
それは自分で『選択』したことなのかもしれない。
しかし、この出会いは、自分の目指すべきベクトルを修正いただき、そして将来に向けての新たながんばるエネルギーを与えてくれた。
人のためになら、頑張れます。そして本気になると、人生が楽しくなる。
好奇心旺盛な自分の原点に戻れたような気がしている。
手を抜いて生きることも出来る。でも、せっかくなら、本気で生きてみたい。
単なる平凡な人生じゃなくて、
怒られることも、悲しむこともあってもいい。その分の喜びを感じられるなら、それに越したことはない。

本の終章に記載されていた、最後の言葉が印象的だった。
_________________________________________
気づきの本質とは、相手やまわりの人の欠点に気づくということではない。
相手や周りの人に対する、天地自然に対する、生かされている自分に対する、
反省の心と同時に生まれる感謝の心。これが気づきの本質なのです。
両親をはじめ、人がどれだけ自分に尽くしてくれたかを感謝する心。全ての人たちに対する感謝の心。これが気づき。
_____________________________________________
自分の中に“潜在意識”としてあった自分にとっての価値観や概念が、『気づき』という言葉によって体系付けられたように思った。
―周りの人に感謝するということ
―痛みを乗り越えて、人の痛みが分かるようになるということ
―自分の人生、責任を持って生き抜くということ
―人脈と出会いに感謝するということ
―旅行などリスクを伴う挑戦をすること。

一度きりの人生、悔いのないものにしなければならないですよね。
手術を受けたとき、“悲劇のヒロイン”でいたいと思った。
足が悪いというのは『運命』であって、ただ誰からも、優しくして欲しい。同情して欲しいと思ってた。
でも、同情してもらっても、何も変わらないし、足が悪い、というものは、『選択』して生まれ持ってきたのかもしれない

議員事務所での秘書のバイトですが、意欲的にやればやるほど、どんどん楽しくなってきた。
だから今日が最終日なのが、なんともいえない思い。
本当に、意識の違いで、毎日がものすごく変わってくる。
何だかものすごく不思議な感じ。

旅を通して学んだこと、気持ちの整理にちょうど悩んでいたとき、
まさにそのタイミングで、今回の再会を果たせたこと。

本当に、全てに、ただ感謝している。
そして、幸せに生きなきゃいけない使命があるのだな、と実感。

大学をさぼっても情報をくれて、支えてくれる大学の友達に、

こんな私を雇ってくれて、いつも仕事を任せてくれる。
温かくてユーモアな議員事務所の秘書さんたちに。

私をここまで育ててくれた親に。

すべての人への感謝を忘れずに、生きていきます。