また、一人。幸せを取り戻す。

  • 2009/03/31(火) 08:24:13

股関節症チーム、やさしいお兄さん、あるちゃんさんへ
エールを送ります(・∀・)//

股関節仲間のあるちゃんさん、今日両THAのオペ。

ひとえに「股関節症」と言っても、
様々な症状があり、苦しみがあり、治療法があります。

あるちゃんさんには、一度、自分が術後6日目のときに
お見舞いにきていただいて、自転車練すがたをおみせして
少しお話するくらいしかできませんでしたが、
後ろ姿の歩く様子を見て、
股関節でいままで苦しんできたこと。
あるちゃんさんの背中が、私に、語りかけていました。
「術後の股関節、大切に育てて、バラ色の未来を切り開くんだ!」
私には、そんな風に、感じ取れました。

こんな、19歳のころいどを、いつも暖かく見守ってくださったあるちゃんさんに、エールを、送ります。

ころいどはまだ、筋出力の痛みと戦っています。
まだまだ足は動かないし、痛いし。
でも。
股関節に引きずられないような生活を、夢見て。
可能性を広げられる股関節であるようになることを、密かに願いながらリハビリに励んでいます。

「バラ色の未来」とは、まだ言いがたいですが、
でも。
術後の景色。
変わりました。



THAの患者さん。
病院で何人もお会いしましたが、
「世界が変わった」
みなさん、口々におっしゃっております。

あるちゃんさんの、「バラ色の未来。」
あるちゃんさんの、笑顔。
オペしてよかった、というあるちゃんさんの想いを、
4月6日に是非見せてください。

あるちゃんさんがくださったパワーを、
今度は術後の今のパワー含め、
倍返しにして、
群馬から岐阜へ届けます。

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ひとりごとw

  • 2009/03/31(火) 08:13:55

独りよがりな日記です。
こんな、まだまだ幼稚のころいどの叫びです・・・。


こころ・・・。
もう・・・・・・限界><;;


今日、東京へ、戻ります。

「戻る」
って言い方は、実家が群馬で進学のために上京している人にとって、
語弊がある言い方だけど、
でも、
今の、ころいどにとっては、そうでいたい。

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術後25日目(退院10日目)

  • 2009/03/30(月) 23:32:13

3/30(月)術後25日目退院10日目


退院して10日もたつんだ!!
群馬にいる、最後の一日。
結局のんびりして、こんな日まで群馬になってしまいました><;;
でも、まぁ、しかたない。


今日は、筋トレ昼と夜計、2回。
そして、
午前30分程度のお散歩^^
午後、約2時間のお散歩。

ジャングルジムのぼれましたー!!
そして鉄棒もー!!



やったー(^ω^)/w

こんなことで、
喜んでいるころいどですww

鉄棒、逆上がりできませんでした。
単純に、足に、力をかけられなかったこと。
それとも、逆上がり、できない・・・?(笑)
AAOネットチームで、最年少のころいどですが、
(過去にはもっと17歳でオペをした人もいるらしいですが、患者公式ネットとして公開はしてないですねw)
やはり精神年齢も、最低だったみたいです。笑。


午後は午後3時過ぎに、家をでて、ぐるぐる周り・・・
公園でブランコを乗ろうとしたところ、
お母さんとお子様たちに遭遇♪


「おねぇちゃん、遊ぼう!」と、3歳の女の子に声をかけて頂きました。
遊びのお誘い・・すきw

こんなことを書くブログじゃないはず・・・!!
最初は堅苦しいことを書いていましたがだんだんゆるりゆるやかに・・・w
まぁまぁww

杖の姿は、やはり気になるのか。。。
「けがされたんですか?」
「いえ。生まれつきの発育不全で。股関節悪くて、手術したんです。
よく女の子がなりやすい、あれです。」


「そうなんですか。でも、そういうのもあれですが、足が悪いだけで、良かったですね。
脳性麻痺とか、他の病気いっぱいありますものね。」




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サイトマップ

  • 2009/03/30(月) 11:35:13

**サイトマップ**
ブログ初心者のころいどで、コンテンツもまだまだ不十分ですが、
日々改良・改善していきたいと想っておりますm(_ _)m
以下、このブログのサイトマップとなります。
目的がある方は、こちらからどうぞ。

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先天性股関節脱臼履歴書

  • 2009/03/30(月) 10:51:48

今データふっとんだ\(;゚∇゚)/何やってんだか・・・><;;

おとといゲットした股関節単純レントゲンと一緒に、
以下母親の証言をもとにした、ころいどの股関節履歴書です。






1989年9月4日群馬の田舎で誕生。
3ヶ月検診ではOKなのか見過ごされたのか(発育性股関節脱臼という可能性もありますしね♪)



91/04/07
1991年4月7日(当時2歳7ヶ月)
先天性股関節脱臼。初診のx-p。
保育園に当時通っており、保育士さんに歩き方を指摘されて受診。
隣の市の股関節専門外来がある、整形外科へお世話になる。
見事に左股関節ちゃん、脱臼ですね(苦笑)
リーメンビューゲルを使用。







92/09/21
1992年9月21日(当時3歳0ヶ月)
[徒手整復法直後]
5ヶ月後、リーメンの甲斐なく、全身麻酔下での徒手整復法(非観血的整復術)。
下の大腿骨の位置は正常に近づいたものの骨頭を正しく臼蓋の中心に向けることが出来ず。
開排ギブスで数週間固定したのち開排位ブカブカ装具を数ヶ月装着するも、
大腿骨減捻内反骨切りをやることに。







93/02/04
1993年2月4日(当時3歳5ヶ月)
[大腿骨減捻内反骨切り後]
非観血的整復術から5ヶ月。骨頭を臼蓋の中心に向けるために、大腿骨の減捻内反骨切りをする。
その後、金属プレートを抜く手術をする。
すべてを通して、傷跡は約10cm。赤っぽいミミズのような創痕はずっと残る。(体質によるそうです。)







01/07/24
2001年7月24日(当時12歳10ヶ月。中学1年)
毎年の定期検診(フォローアップ)でのレントゲン。
すでに、臼蓋の形成不全が認められる。
「将来手術が必要かもしれない」という話が出始めた頃。
成長軟骨があり、まだY軟骨のあるため(Y軟骨の消失=寛骨臼の発育完了を示す。)
年一回の経過観察が続く。






2006年8月5日(当時16歳11ヶ月。高校2年)

17歳、高校2年のころY軟骨が消失し、Dr.が、小児股関節専門から、成人股関節専門医に代わり、
手術の話(RAO)が全面に出ていく。
醜いかもしれませんが、赤い線はRAO+外反骨切りの設計図の線です。
高校時代はまだ覚悟ができず、また、主治医と信頼性を築くことが出来ず、手術の話を拒み、
大学進学で上京し、病院さがしに至る。

この時点で亜脱臼していたんですね。
どうも走るときに、左右変な感じがしていたわけですw




術前080903
2008年9月3日(18歳11ヶ月)
C病院初診のときの写真。
セカンドオピニオン先の某病院では、20~30年後には確実に歩けなくなる、
との診断をいただきました(ノ∀`) アチャー



でも、

今回の自骨手術:AAOで、
・亜脱臼が解消
・2cmあった脚長差ほぼなくなる。
・臼蓋(立派な股関節の屋根)が出来た
3つの大きな問題が、見事パパ先生によって、
解決していただきました*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。..。.:*・゜゚・* !!!!!



本当に、、、、出会えて、よかった。

「貴重な症例」が、こんなに、、、解決されるなんて・・・。
夢にも思いませんでした。

術後24日目の時点で、術前より痛くて、びっこもはんぱないですが、
それでも、
オペしてよかったと、今は強く思います。

運命と、関わった方々、ネットの仲間の皆さん、
すべてに感謝しております。
手術前後のレントゲンはこちらから。
つづく。